特定投資家移行でスタートアップ投資拡大へ。制度概要と一般・プロ投資家との違い
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「特定投資家」とは、いわゆる「プロ」の投資家のことです。個人の一般投資家であっても、一定の知識・経験・財産状況を満たすことで、「プロ成り」ができます。特定投資家は情報収集・分析能力やリスク管理能力が高いとされ、取引できる金融商品の範囲が広がります。2022年7月より、スタートアップの資金調達手段としての利用を想定し、非上場企業の株券、新株予約権、新株予約権付社債などの商品も新たに対象となりました。
スタートアップへのリスクマネー供給促進を目指す特定投資家制度
アフターコロナの経済社会の発展を目指し、イノベーションが期待されるスタートアップへの成長資金供給の必要性が高まっています。具体的には2020年後半より金融庁内のワーキング・グループにて、リスク管理能力とリスク許容度の高い「プロ」投資家がリスクテイクを行いやすい環境を整備していくべき、という議論が行われました。2022年に特定投資家制度が見直され、ベンチャー・キャピタルやPEファンドのみでなく、プロ要件を満たす個人・法人からもリスクマネー供給を促進し、成長資金を必要とするスタートアップへの投資機会を創出する施策の一つとして活用できる形となりました。
同じく2022年に公表された、スタートアップ育成5か年計画 においても、「スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化」に向けた28の取組みのひとつとして、特定投資家私募制度の見直しが挙げられており、積極的な活用が期待されています。
特定投資家への移行要件が2022年より緩和
上記背景から、特定投資家となりうる投資家の範囲を適切に拡大するため、個人の特定投資家の要件を改正する内閣府令 が2022年7月1日より施行されました。
改正前は「純資産3億円以上かつ有価証券等の資産3億円以上かつ有価証券の取引経験1年以上」という要件一択だったところ、改正後は「年収が1,000万円以上かつ特定の知識・経験を有するかつ有価証券の取引経験1年以上」など複数種類の要件が追加されました。具体的には申請基準内「個人の特定投資家への移行要件」パターン①、②、③が新設され、プロ成り申請への柔軟性が高まっています。
特定投資家と一般投資家の違い
特定投資家になると、一般投資家には販売されない特定投資家向けの商品への投資機会を得ることができます。また、投資者保護のための行為規制が一部適用されない点も異なっています。
投資可能な金融商品の拡大
特定投資家に移行すると、特定投資家向け銘柄制度(J-Ships) で取扱われる、非上場企業の①店頭有価証券(株券、新株予約権、新株予約権付社債)、②投資信託、③投資証券等(投資証券、新投資口予約権)に投資を行えるようになります。これらは2022年7月1日に施行された日本証券業協会の新規則(店頭有価証券等の特定投資家に対する投資勧誘等に関する規則)により新たに投資可能となりました。
また従来どおり、特定投資家のみが取引できるプロ向け市場(TOKYO PRO Market、TOKYO PRO-BOND Market)での買付けも可能です。
一部行為規制の適用除外
特定投資家は一定の金融リテラシーとリスク許容度を持つことが確認されているため、取引の円滑化を優先し、金融商品取引業者による行為規制の一部が適用されなくなります。具体的には、適合性の原則の遵守、契約締結前交付書面・契約締結時交付書面の交付、広告規制といった、一般投資家に対し主に情報格差の是正を目的とする販売・勧誘規制は、特定投資家に対して行わなくてもよいとされています。
※参考:適用除外となる行為規制の一覧
特定投資家と適格機関投資家の違い
「適格機関投資家」とは、特定投資家と同様に「プロ投資家」の枠組みのひとつです。いずれも一定の要件を満たすことで個人であっても移行可能ですが、特定投資家の要件よりも適格機関投資家の要件の方が厳格(保有有価証券残高10億円以上かつ証券口座開設後1年経過)となっています。このことから、適格機関投資家は常に特定投資家として扱われ、一般投資家への移行はできません。適格機関投資家私募(いわゆる「プロ私募」)についても、名称はまぎらわしいですが適格機関投資家のみが対象です。また、特定投資家への移行は各証券会社へ申請を行いますが、適格機関投資家の場合、金融庁への届出が必要な点も異なります。
その他の観点では、いずれも一般投資家に求められる各種規制が適用されないという点では一致していますが、適用除外対象となる規制が異なります。特定投資家は、前述の通り一定の行為規制が適用除外となるのに対し、適格機関投資家には加えて開示規制も免除されます。
特定投資家への移行でスタートアップ支援機会の拡大へ
これまで個人でのスタートアップへの投資機会は、シード期でのエンジェル投資が中心でしたが、特定投資家となることで、更にフェーズが進んだスタートアップに対しても、新株予約権付社債などこれまで投資機会のなかった金融商品を購入できる可能性が生まれます。特定投資家は、政策としても推進中のスタートアップ支援を後押しし、日本経済の発展に貢献できる制度ですので、要件に該当する可能性のある方は是非移行申請を行ってみてはいかがでしょうか。